生涯剣道

小野寺 文也先生

第3回目は最も長期間にわたり初心者のご指導に携わっててこられた小野寺文也先生にお願いして、ご寄稿頂きました。若い人への思いを込められて、基本と、それを見直すことの大切さが説かれております。

 体育館・剣道場等には、大きな鏡が備え付けられ、その前で竹刀を振り、自分の動作を眺め満足している人、又は不満な顔でいる人等、様々である。そこでもう一度確認して欲しいのは、竹刀の握り方、足の運び、それ以前に着装について、剣道着の背中がふくらんでいないか、皺が寄っていないか、袴の裾が前よりも後ろが下がっていないか、中には、足が隠れる程垂れ下がっている人もいる。又面紐、胴紐、下胴の紐が正しく結ばれ、端末が揃っているか、袴の腰板に垂れの紐が掛かっていないか等確かめて欲しい。

  幼少年・初心者と共に稽古して感じた事、特に足について述べてみよう、大部分の人は右足爪先は真っ直ぐ向いているが、左足爪先は右足爪先と同じ方向を向いている人は極く僅かで、特に左足は袴の裾に隠れてよく見えず鏡に映して確かめるのも面倒で、ついついほったらかしで過ごすことが多い。稽古の時、蹲踞から立ち上がった際、右も左も爪先は同じ方向を向いているが、動き始めると左足爪先が左斜め、中には真横、或いは右足の後ろに一直線に、更に両足とも踵が床にべったり着いているのもある。

前に進む時は踵が浮いているが、後ろに下がる時は踵を床に着け、爪先を上げてのすり足で下がるのが往々にして見受けられる。又、対戦中に右に移動する際、右足から移動すべきを、左足から移動し足が交叉し、左に移動する時も同様で、若しこの際、体力・体重のある相手に勢いよく体当りされ、受け切れず転倒した場合、後頭部を床に打ちつけ、或いは交叉した脚の骨折、脱臼等思わぬ怪我をする畏れがあるので、足は絶対に交叉せぬよう注意が肝要である。

対戦ともなれば、打つこと、攻めること、相手の剣を受けること、避けること等に神経を使うので足のことまでへは神経が及ばない、故に対戦中は左足を直すのは難しい。稽古に入る前、終わってから、準備体操の時等、又鏡に自分を映している時等は最も好機会であろう。

 戦後剣道を禁止された時期があったが、皇居済寧館では、非公式に稽古を続けていた。その折、私も左足爪先が左外向になっていると先生に指摘され、直そう直そうと努力したが、稽古中は前記の様に戦うことにのみ専念し、足のことなどは忘れているという状態であった。そこで考えたのは、普段の生活で直そうと、歩くときも左足に重点を置き、誰も見ていない時は左肩を前に出し、左半身になり左足を前にして送り足の要領で歩く、電車・バスに乗っても吊革にぶら下がり左足爪先を常に意識、いつしか2年程過ぎた或る日、道場で稽古中、先に左足を指摘してくれた先生が「左足が直ったなあ」と言ってくれた。その時は思わず嬉し涙がこぼれた。

何事もあきらめずに、兎に角実行することが肝要である。本文を書くことを依頼されてより、道場で皆さんの稽古ぶりを今までとは違った目で拝見させて頂いている。特に足について、更に鏡に映らない背中、腰等の着装について大いに参考になり、反省させられる点の多いことを認識した。今後の自分の稽古の糧としたい。