生涯剣道

大平 誠治先生

 第22回は大平先生です。大平先生は現職が警察官で公務としては常に厳しい現実に向き合ってお仕事をされ、剣道家として最適な環境に身を置かれていると思います。地元では子供達に剣道を指導し、子供の健全な成長を見守り、剣連の理事として各種剣道大会の準備や審判等にご尽力頂き、地域剣道発展に貢献されています。

1. 剣道を始めたのは何歳ごろですか?、動機は何でしたか?

 剣道を始めたのは小学校3年生からでした。当時の私は、棒で相手と打ち合うチャンバラ程度にしか剣道の知識がありませんでしたが、自宅近くの幼稚園のホールを使って稽古をしているのを父が探し出し、一緒に見学に行ったのが剣道を見た一番最初でした。
同じ年頃の小学生が上手に竹刀を振って稽古しているのを見て、単純に「かっこいいな」と思ったのが第一印象でした。

2. その頃の剣道具や稽古法、稽古内容は現在と違いますか?

 剣道を始めて、最初は礼法、足さばき、構え方、素振りなど最も基本の動作を繰り返し、防具を最初に着けたのは半年位経ってからだったと思います。買ってもらったばかりの新品防具を手にした時はワクワクしましたが、いざ着装すると、面も小手も硬く窮屈な状態でだったので嬉しい気持ちはさっさとどこかへ飛んでいき、苦しく不自由なものだと感じました。
 剣道具は決して安いものではなく、特に壊れやすい竹刀は、ささくれが出るとその部分を先生に削ってもらい、更にささくれ以上に割れたりすると竹にビニールテープを巻き付け補強してもらっていたので、みんな白、黄、赤等色とりどりの竹刀をとことん使い込んで稽古していました。
 稽古法や稽古内容は当時も今も基本的には変わりないと感じますが、今では当たり前の「水分補給」という概念は当時にはなく、「水を飲んだら身体がだれる。」とか「気合が足りないから水が飲みたくなるんだ。」と根拠のない根性論がまかり通っていました。私は根性論を理解しながらも、先生の目を盗んではコッソリ水を飲んでいました(笑)。

3. 子供の頃の稽古量はどうでしたか?、現在と比べて違いますか?

 小学生当時は平日週2回の稽古だけで、他の団体との交流や試合等もなく稽古量は少なかったですね。実は、剣道よりも野球の方が楽しいと感じており、放課後はクラス対抗の試合をしたり、休日は剣道と並行して加入していた少年野球チームで練習し、市内の大会に出場するなど、暗くなるまでボールを追いかけていました。週2回の剣道は続けていながらも、恥ずかしながら熱量は野球の方がはるかに高かったです。

4. やめたいと思ったことありますか?、続けられた要因は何ですか?

 週に2回だけとはいえ、友達と野球ができず道場に足を運ばないといけない日は、「やめてもいいかな」と思うことがありましたが、剣道はなんとなく続けていました。
 中学に進学し、部活動を何にするかを考えた時、「野球よりも剣道の方がレギュラーになれるのでは」と安易な思いから剣道部に入部し、それからはやめたいとも思わず今に至っています。野球は好きでしたが、自分にそれほど実力がないことが分かっていたんでしょうね。
 その選択があったから高校でも剣道部に入部し、剣道が活かせる仕事ということで今の仕事(警察官)に就いたといっても過言ではありません。警察署には道場があり、稽古をすることが警察官としての仕事の一部であるという環境は申し分なく、自分の強い意志で剣道を続けてきたというよりは、剣道と切り離した生活がなかったのでやめずにいられたんだと思います。
 警察官の仕事は転勤がつきもので、私はこれまで10所属以上の職場で勤務してきましたが、それぞれで素晴らしい先生方からご指導をいただき、上司、同僚との出会いがあり、剣道を通じた深い人間関係や切磋琢磨があったからこそ今も剣道に携われているものだと思います。
 また、長男が聖武会で剣道を始めたのをきっかけに調布市剣道連盟との関りができましたが、剣連の先生方をはじめ、共に稽古をしている多くの方々にも大変お世話になり、感謝の気持ちでいっぱいです。
 このような支えがあったからこそ、現在まで剣道を続けられている大きな要因なのだと最近特に感じています。

5. 得意技は何ですか?、また稽古で心掛けていることは何ですか?

 得意かどうかは別として、「面」で勝ちたいという気持ちが強くあります。
 そのために素振りと打ち込みを大事に、惰性になることなく一本一本を丁寧に行うことを心掛けています。正しい構え、攻め、足運び、中心を外さない剣先の軌道と強い打突、すり抜けから最後の残心まで力強さと滑らかさが一体となった面打ちを心がけていますが、悲しいことに中々満足できる一本を打つことができません(泣)。

6. 忘れられない一本があったなら、それについて教えてください

 「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」の言葉があります。
 私にとってこれまでの試合や稽古を振り返りますと、負けた時はその原因が明確なものが大半なので、試合のたび、稽古のたびに反省材料が涌き出てきます。逆に体が無意識に反応した、ガムシャラの技が一本になったというような「なぜ勝てたのだろう」という「不思議な勝ち」を何度か経験したことがあります。
 その一つは七段審査に合格した時でした。これまで9回のチャレンジをことごとく失敗し10回目での挑戦だったのですが、その審査では今までの稽古の積み重ねを振り返り、「いい技を出してやる」ではなく、限られた時間で「今までの稽古を出し切ろう」と思い、合格へのこだわりをなくすことに努めました。すると、慌てて早打ちすることなく、自分の出すべき技が出すべき機会に、また、相手の動きにもスムーズに対応できたような印象が残ってます。相手に勝とう、打とうとすれば「欲」が出ますが、「ダメで元々」の開き直った気持ちで臨んだことで無駄な力が抜けて良い結果に結びついたと思います。
 審査でのひとつひとつの動きはあまり覚えていませんが、これも不思議な勝ち(合格)だったと感じています。相手との勝負というより自分の内面(気持ち)との戦いにどう挑むかという勉強をさせていただいた経験でした。

7. 大きな影響を受けた先生や恩師と慕う先生について教えてください

 私の40年以上の剣道経験を通じて、多くの先生方に、多くの教えをその時々で受けてまいりました。自分の弱いところを適切に指導していただき、成長させていただいたことに感謝の気持ちで一杯です。
 数多くの先生からお一人のお名前を挙げるのはとても難しいことであり、ここでは遠慮させていただきますが、そのような先生方から教わり、自分が指導する上での根本としているのは「厳しさと温かさ」を意識しています。
 稽古で自分の欠点を補い、それを乗り越えないと次のステージに上がれないことを考えれば厳しい稽古は必要ですが、厳しいだけでは壁にぶつかって動けないままになってしまいます。そこで本人のモチベーションを上げさせ、奮起させるための助言や激励で背中を押してあげられるような温かさを指導の中に盛り込みながら行うようにしています。特に子供たちは、一つの小さなきっかけで大きく変化する場面がありますので、そのようなタイミングを逃さず、また、指導者という立場で自ら自己研鑽に励んでいくことが、今までお世話になった先生方への恩返しだと感じています。
 

8. 座右の銘があれば教えてください

 「人生山あり、谷あり」というよく耳にする言葉ですが、「人生にはいい時(山)もあれば悪い時(谷)もある」との意味です。その山や谷で自分がどう行動するかという戒めとしています。
 特に「悪いことが続く」「何をやってもうまくいかない」という「谷の時」にいかに自分を鼓舞できるか、物事の考え方や価値観を変化させられるチャンスの時期であると捉えるように心掛けます。自分の心の持ちようでプラスに転じられるものであり、これを乗り越えられたときには自分の成長に結び付くのではないでしょうか。また、「山の時」に調子に乗っていては後からしっぺ返しに会うと自ら戒め、驕り高ぶらない謙虚さを忘れないことが大切です。
 山や谷で一喜一憂することなく視野広く物事を柔軟かつ多面的に考えることを意識する大切さを教えてくれる言葉だと思います。そしてこれは人生だけでなく、剣道も「山あり、谷あり」であり、共通する言葉ですね。

9. 是非お勧め!という本があれば紹介してください

 生涯剣道第21回掲載の井上直樹先生と丸かぶりで恐縮ですが、私がこれまで読んだ本の中で一番はまり、剣道のバイブルかつ人生の参考書としてお勧めするのが、漫画「六三四の剣」です。
 「村上もとか」が作者で1981年から1985年まで週刊少年サンデーに掲載され、テレビアニメでも放送されました。我々世代では多くの方に共感していただけるものと思いますが、これまで手にしたことがない方は、年代が違うから、漫画だからと遠慮せず、ぜひ読んでみてください。
 主人公「六三四」の幼少から青年に至るまでの成長過程から、家族愛、人間愛、友情、そして剣道とは、を教えてくれるものであり世代を超えて楽しめる本だと思います。
 気になる方、読んでみたい方は私にお声かけいただければ全巻セットでお貸ししますので、お気軽にどうぞ!!

10. 最後に子供達へのメッセージをお願いします

 今回の寄稿を通じて、自分自身が剣道を始めた頃を振り返る機会となり、新たな気付きかたくさんありました。
 今と私の子供当時を比較して、世の中の進歩に伴い変わった部分といまだに変わらない部分が混在していますが、昔も今も変えてはいけないことがあると感じました。
 以前は物も少なく、防具や竹刀も高価だったので、中学生になれば竹刀は自分で削ったり組み直したりして長く使うことをしていましたし、道着も自分で洗濯して、特に袴は、折り目をしっかりつけるようにしていました。それらのことを自分ですることで道具を大事にすることが自然と身についたと思いますし、道具を手入れすることで無用な事故が最小限に抑えられていたのではないでしょうか。
 また、携帯電話やスマートフォンの普及で人とのコミュニケーションも随分と便利になりましたが、安易にそれを頼るようになっていないでしょうか?相手に対する挨拶やお願い、お礼、お詫び、感謝など、本来であれば相手に対して面と向かって、あるいは少なくとも電話で意思を伝えるべきものを指先一つのメールで済まし、相手の立場や気持ちを理解しようとせず、自己満足に陥っていないでしょうか?剣道には「礼に始まり、礼に終わる」という言葉がありますが、それは道場の中だけで形式的にすればいいというものではではありません。
 これらはほんの一例ですが、今の便利さに流され過ぎず、慌てず、焦らず、ちょっと一息入れて手間をひとつ挟むことも必要なのかと思います。すっかりアナログおじさんのボヤキになってしまいましたが、自分自身も気を付けなければ大切なものを見失ってしまうと思いますし、戒めにしないといけないと感じています。
 ここで子供達へのメッセージ欄でありながら、脱線してしまったことをお詫びいたします。
 これは私を含めた大人達へのメッセージです。周囲の大人達が、子供達に何を伝えなければならないかを正しく選択して次の世代に伝えていかなければなりません。
 そして子供達には、調布の剣道を通じてたくさんの友達をつくってください。剣道をいつまでも続けて、剣道を通じて立派な大人になるための準備をしてください。
 剣道修業が人間形成の道を目指すことを理念としていることから、剣道を自分の生活にも密着させ、継続していけば立派な大人になれることは間違いありません!
 皆さんの今後の成長を楽しみにしています!!