生涯剣道

藤田 文富先生

第5回目は調布剣連の黎明期からご活躍されている、中央剣道会の(錬士七段)藤田文富先生にお願いして、ご寄稿を頂きました。今回から、併せて影響を受けた本のご紹介を頂くこととなり、先生からは「五輪書」をご紹介頂きました。

 私は中学1年生で剣道を始めて以来、22歳から5年間程のブランクを除いて全部で約40年間もこの道のお世話になっています。 中々進歩せずに悩んだこともありましたが、この道には不思議な魅力があって、どんなに下手でも不調でも辞めたいと思ったことはありません。

 初心のころ、「基本が大切、悪癖をつけると矯正するのが大変だぞ」と注意されましたが、生来不器用で結果的には教科書にあるほとんどの悪癖を網羅して体験してきました。
基本を間違うと其の先の応用も理合いも正しく理解できなくなるので被害は深刻です。自分でも何かおかしいとは感じるが、どうしてよいか判らないと悩むことになり、下手すると一生抜け出せないこともあり得ます。
私はそんな経験が多かったので、すくすくと苦労なく上達できる人がうらやましい一方、いろんな悪癖で悩む人の気持ちが人一倍よくわかる、解決法を示唆できるとも自負しています。

 基本といえば、若い人はまず基本をしっかりやって、5段にもなればそれから先は応用に専念すれば良いように思うかもしれませんが、剣道の基本というのはそう簡単ではないようです。
自分で「基本はもうできるようになった」と思えるころが危なくて、そこから先がまだまだ難しいと気づけば幸運です。

私も久しく専ら基本を意識して稽古するように心がけていますが、ただ単に振りかむって正面を打つという「基本中の基本」がいまだにうまくできません。そこがまた面白いし、やりがいのあるところでもあります。

若い人たちに何かアドバイスをするなら、「基本が一番難しい」というか、「応用や理合いは全て基本と不可分である」ということでしょうか。技が伸びない、体が故障する、という時にはまず自分の基本に間違い、勘違いがないか疑うのがよろしい。

いまひとつは「心」の問題が大きいと思いますが、これは又の機会に。

 さて、何か「剣道の本」を奨めよと乞われれば迷わず「五輪書」を挙げます。言わずと知れた
宮本武蔵の兵法書で、小中学生では無理でしょうが、高校生以上の皆さんには一読をお勧めします。

私がこの本を初めて読んだのは学生時代で、岩波文庫の薄い本でした。 その後一時絶版とされましたが再版されて現在でも購入できます。江戸時代初期の文語体で書かれていますが、ふり仮名や脚注があるので、文語の素養がない私でも表層的には苦労なく読めました。
剣道の入り口から奥義までが簡潔に表現してあって、文体が天才の気合で磨きぬかれた芸術であると感じました。 今日まで何度読み返しても全部を理解するには至らず、読むたびに少しずつわかっていく箇所があります。

解説書も随分とあるようですが皆どこか的はずれで、納得のいく解説を読んだことがありません。 もちろん、自分でもうまく解説出来ません。 これから読まれる方にも、現代語訳でなく文語で、他人の解説に頼らず、御自分で味読されることをお勧めします。 同好の士と、酒でも酌み交わしながら、気楽に「五輪書」談義をできれば真に幸せと思うものです。